自分2.0へ! 50代からの再挑戦・自己覚醒録

人生のリカバリーショットを放つべく再キャリア構築の旅https://blogmura.com/ranking/in?p_cid=11013598

日々の雑感を綴る

久々の更新です。創作のアイデアというか筆を走らせる意思が少し湧いたのでマーキングの意味で朝の電車内でスマホから入力しています。

今のメインテーマはどう50代を駆け抜けるかという事です。私にとっての50代は人生の中でもかなりの荒波に揉まれた期間できた。それは現在も続いています。できれば平穏無事に65歳の年金が受け取れる日まで生き延びていたい。

年金の限られた受給額の中でどう過ごすかをシュミーれションしている自分がいます。これは数年前には考えられなかったことで自己啓発に浸りきっていた自分は現在地よりもより高い目標を掲げ自分のセルフイメージをそこに合わせて日々を送っていました。でもその行いは現実との乖離を生んでいました。

人生は現実の今ここで自分の幸福を見い出すしかないのです。

サラリーマンに復帰はしたものの片道2時間の長距離通勤と激務で先月は🟢の💩が出ましたし、少し前はメンタルを病み心療内科の受診を検討しました。幸い?土曜日に予約が取れなくて行かずにおります。

こういう生活を送ると寝ているか仕事しているかのどちらかで本を読む余力はありません。スマホYouTubeを少し見るくらいです。休日はひたすら疲労回復にあてられサウナに入って邪念と共に汗を出し切ります。そして休憩室で泥沼に落ちるがごとく寝ています。

とにかく私にとっては職場が高ストレスな事もあり電車内では本を読んだり考え事せずに寝ています。眠くなくても目を閉じています。

こんな時間の過ごし方をしていては、ちっとも幸せではないではないかと思われるかもしれませんが幸せは自分で探すもの。休日はとても愛おしい時間で金曜日の夜の至福感はたまりません。

死なずに生き延びる。今はそれしかありません。

それもこれも資本主義社会の中で楽に生きるにはマネービルドとマネーリテラシーが大切だという初期教育を受けてこなかったので、自ら自覚して学んでいかなければならなかったにですが、それに目を逸らしていた報いを受けています。

自分の分を正しく把握すること。それからどうすべきかを考えること。今はそれだけです。もう少し後で文章書き直すかもしれません。それでは。

毎日たいへんで無駄に過ぎていく。安息の地への憧憬

日々の所感と雑感です。自分が息を吸って吐くように楽に出来ることで喜んでくれる人がいる環境に身を置く事がキャリア開発の要諦です。基本的にそれしかない。自分が得意なことは絵を描く事(領域は限られる)朗読すること。講演講師。舞台俳優。宗教指導者。といったところです。

 

基本的に先天的な芸術的資質を生かす道しかないと思えるのですが10代は環境の後押しがなく精神的に病みその後は新興宗教でしばしの安息を得られたのですが「これは自分には合わない」と感じ距離を置きました。

今は神仏を大切にする生活をしています。と言いたいところですが毎朝上げていた十三仏真言も今はやっていませんし最寄の鎮守神社にもなかなか詣でておりません。

その原因は休日はひたすら疲労回復に充てられる現在の就業環境にあります。

私のミッションは人に感化を与えること。時のメッセンジャーとして天と地の媒介になりたいという思いがある一方で、安息の場所に身を置きたいという安息地への憧憬があります。

それは地上で得られるのか天においてなされるのかわかりませんが死後の世界こそが弥栄であるならば覗いて見たいこの頃です。

みんな行ったきり帰ってこないので悪い場所ではなさそうです。

 

 

 

過去の自分に愛ある苦言を申し上げたいです。

齢55歳の時点で内定を頂き、56歳の年での転職を決めてから4ケ月が経過しました。あと二か月継続すれば晴れて有休休暇がつくのでそれまではなんとか病気をしないで頑張りたいと思います。

参考までに50代での転職成功率の指標がありましたので載せておきます。


lifeshiftlab.jp

厚生労働省の調査では企業が55歳以上を積極的に採用したいとする割合は1%程度です。。。。。

既にこのブログでは語り尽くされた感がありますが、私のように業務上ではどう考えてもスキルを培えなかった身としては死亡宣告にも等しい現実であります。

その一方で緩くて恵まれていた部分も多くあったので、有益な資格取得にはげめば何か違う展開がまっていたかもしれません。

もう今更、転職歴だらけの履歴書を書いて就職活動で苦労するのは嫌だという思いが強く起業の道を模索しましたが、それが大いなる回り道の始まりでした。そもそも”起業”ができてしまう人というのは、わざわざそのための学びに行ったり起業塾なんかに入らないんですよね。結局コーチングビジネスをしている人達にお布施を払って終わった感があります。

資格取得を有効化させるには、実務経験が必須です。せっかく苦労して資格を取っても実務経験がなければ有効化しないのです。

私は社会保険労務士の資格を取ろうと30代の時に資格の学校に相談に行った事があるのですが、「社会人になってから資格の勉強をしたことがないのでしたら最初はFP(ファイナンシャルプランナー)のような難易度の低いものを受けて慣れてからの方が良いですよ。」と言われ、「そんなものか?」と思いFP資格の勉強をしたのですが、当時は家庭状況が大変で四六時中子育てに追われ(別れた妻が子の養育に向かない人だった)勉強どころではありませんでした。

一応、試験は受けましたがもちろん惨敗。。

離婚して父子家庭となったこともあり仕事と子育てに追われ気が付くとキャリアの曲がり角である50代が目前にせまってきました。。

この40後半は色々な景色が見えてくる年代でもあり、今関わっている業務と全く関係のない資格をとっても厳しいことはわかっていました。かといって会社の仕事ではこれ以上がんばりようがない。。悶々とした中で休日の度に勉強会や交流会に出かける彷徨える自己啓発の日々が続きました。

本当に無駄な動きが多かったので、あの当時の自分に一言アドバイスしたいのですが、自分の関わっている業務がどんなにドメスティックで他での転用が効かないものだとしても、抽象化して視座を上げて見れば、一応は健康食品業界の範疇に入ってくるので、少しでも業務と関連性があると思われる資格をとっておけ!とアドバイスします。

具体的には 〇登録販売者 〇食品表示検定 〇通関士 と言ったところで。当時は時間と体力的な余裕はあったはずなので食品関係の仕事に関わる資格を広く取っておくべきだったと思います。

薬機法管理者の資格は持っていたのですが、何しろ働いていた会社が反社だったために、コンプライアンスというよりは脱法指南を求められる事が多かったので資格更新はしませんでした。

本来的には広告考査の仕事は面白いのかも知れませんが、プロモーションで売るというよりは、いかに揚げ足を取られないように言い換えるかという仕事がバカバカしくなってしまったというのもあります。要は反社のために警察が捜査の足掛かりを掴むために薬機法(当時は薬事法)を踏み台にしていた過去がありました。(薬事法違反は刑事事件になるので)

よくよく足元を見てみると、業務の一環で整体マッサージの民間の資格を形式的にとったりしたこともあったので、もしも独立の道をということであれば整体マッサージを軸にして展開を考えた方が無難でした。

その当時の私は下手に自己啓発にハマっていたので一部上場会社か新興で勢いのあるベンチャー企業で裁量を持てるポジションでないと機能しないような学びばかりをしていたと思います。その位置の人達と異業種交流会を共にして話が通じるというのは楽しい体験でしたが、自分がそちら側に行けるかと言えば話は違います。。。

なんとも言えない川向こう感があります。この川を渡って向こう岸へ行きたいけどいけない。。まさに彼岸の地とでもいうべきものでしょうか。。

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独立自営で精神的にも経済的にも豊かに生きたいという願いはありましたが願いは叶いませんでした。自己分析をしすぎてやりたいこと+得意なことで形にしたいという思いが強すぎたと思っています。

私は現在、形の上では55歳を過ぎてから転職に成功した稀有な例という事になっていますが、毎日の過酷さ、大変さと言ったら表現のしようもありません。自分が絶対にやりたくなかった事の一つが都内の運転なのですが、これを毎日している自分はエライものだと感じています。どうか今日一日何事もおきませんように祈らざるを得ない日々です。常に危険と隣り合わせの運転ですが、事務所の中にいるよりは運転の方が楽だと感じてしまっている自分がいます。あれほど嫌だった運転ですが、それよりも嫌なのは事務所の中での電話対応です。基本的に受注の電話を受けるのですが、顧客の要望の品がどんな商品名で(正式な)何を差しているのかがさっぱりわからず大いなるストレスに苛まれています。

周囲の先輩に聞けば済む話なのですが、事はそうは単純にいかず、ある程度自分で当たりをつけてどうしてもわからなかったらという場合でないと、そうは簡単に教えてくれません。皆忙しすぎるのです。

四六時中、間に挟まって苦しんでいます。。それでもサラリーマン並みといえる給料水準はなんとか確保したので後は振り落とされずにしがみつくだけです。

こんな現実の只中にいる自分ですが、数年前にはスピリチュアル系の起業もできないかと本気で考えたこともありました。占いの副業を大きくする事も模索しました。

過去の自分にバカな事は考えるなと愛ある苦言を呈したいこの頃です。