自分2.0へ! 50代からの再挑戦・自己覚醒録

人生のリカバリーショットを放つべく再キャリア構築の旅https://blogmura.com/ranking/in?p_cid=11013598

このままでは社会復帰は難しいと思って辞めました。

「この人なら大丈夫」という信頼を得て商品を買っていただく。。これ以上に自己回復できる出来事はありません。”私は悪い人間ではないのだ”という自己証明が欲しい。只それだけであんなに頑張れたのではないかと思います。私は資質的に”多少、エグいことをしても金を稼ぎたい”とは思えず、そこを動機に頑張れない人なのです。

そもそも、営業というものは最終的には、個人のパーソナリティが商品と顧客の仲立ちとして、もっとも花開く地点を目指していくべきものと思っていましたので、周囲の気質の匂いのしない販売員からは「そのやり方では売れない」と言われてばかりだし、責任者からはダメ出しくらうしで、だんだん気が滅入ってしまいました。

尚かつ私はエンパス体質な世界があって、オバサンの相手をすると非常に気づかれがする(今だったら楽しめますが)こともあり正直かなり疲れやすかったです。

まぁそのようにして疲労度の高い寅さん商売ではありましたが、やはり今から考えて見て一番面白かったのは「戦争体験」をたくさん聞けたことです。

今から20年以上前の話なので、まだお元気な方も多くいらっしゃいました。

そこそこ大きな企業で活躍していたような人であっても、若い人に語って聞かせたい話として「戦争体験」以上のものはないらしく、私の顔を見るなりいきなり「みじめだったよ~」と南方での苦労話をとめどなく語りだす人もいました。

とにかく戦争体験というものは、本当に人それぞれで、出征した先もそれぞれ違うし状況も違うので一言では語れない面白さがありました。これはまた後でまとめてお話したいと思います。

さて、そんなこんなで周りの販売員が次々に辞めて行く中を、私は2年も続けてしまいました。健康ランドに物販で出入りしている業者の人からは「もうずっとやっている人は、おたくと数人だよね。あとは入れ替わっているよね。」なんて言われる始末です。

営業成績が良ければ、まだやりがいがあるのですが、さすがにずーっと基本給のみが続くと生活が厳しく生命力がなくなってきます。

たまに本屋に立ち寄ったりすると、コンピューター関連書式、「できるEXCEL」みたいなタイトルがとても眩しく見えて、自分は一切こういう世界と関わっていない。。なんと世から切り離された存在なんだろう。。と愕然たる思いに駆られました。もう社会復帰できないかもしれない。。

自分としては、この環境下で「お兄さんうちにこないかい?」というミラクルチャンスを掴みたかったのですが、そう都合良くいくものではありません。様々な事情で先のことは考えずに辞める事にしました。辞めないことには何も考えられない状態でした。。。