朝の通勤電車で少しの気づきをしたためています。
気がつくといつの間にか50歳を過ぎ今やアラ還と言われる年になりました。激動のミドルエイジ期を過ごしていますが「死にそうで死なない」という状態がずっと続いています。
運勢的に私は自分を克し続けるようなところがあるようですが、なんとかあらゆる災禍を鎮めつつやり過ごしつつ現世に留まっています。
死にそうで死なないというのはある種「強運」の証でもあるので自分は強運であると勝手に思い込んで見る事が大切です。
実際、思いもかけない形で命を落とす人もいますし、残念ながらミドルエイジで職を失い自ら命を断つ人もいます。道楽者が放蕩の果てに野垂れ死ぬのとは違い、まじめに一生懸命やってきた人が報われずに悲しい選択をする世の中が良いとは思えません。
私自身もそうなりかけた身なので当時の心理的な追い込まれようがよくわかります。実は雇用関係が切れた時からが失業ではなく「社内失業している」と自分が感じている時からが失業の始まりなのです。
会社を辞めたら自分は他では通用しないという事が肌身で分かった時から焦燥感は募ります。
故に様々な活動をしたのですが直接的な職業人生への道筋は得られませんでした。
これが包丁一本で生きていける?料理人であれば、♪包丁一本〜さらしにまいて〜♪と旅に出れば良いのですが飼い猫が家の外に出るのは容易ではありません。
その一方で美しくない現状を鑑みた時に、ラクダが針の穴を通るよりも低い確率だとしても脱出以外に道は無かったのです。
「死んだ」と思いましたが死なずに生きながらえて死にそうな日々を送りながらも生きています。
世情的に動乱の時代を迎えつつあり一方でいよいよ古い体制が崩れ刷新の時を迎えつつあるのかと感じています。生きながらえて今に同参できる事は強運であると思っています。