自分2.0へ! 50代からの再挑戦・自己覚醒録

人生のリカバリーショットを放つべく再キャリア構築の旅https://blogmura.com/ranking/in?p_cid=11013598

現在地から考えるが原則。

どうにもならない現状の閉塞感から勝機を求め好機を求め様々なイベントに参加していた40代。。。あの頃の自分に一言助言を与えるとすれば「現在地から考えよ!」という事です。分かりやすく足元を見なさいといってもいいかもしれませんが、自分がどういうポジションに置かれているかというのは、なかなか客観的に見れないものです。

転職歴だらけの履歴書を引っさげて、まともに転職戦線に挑んでも良い話というのは舞い込む確率は低いです。更に求められる経験や即戦力としてのポテンシャルを測られれば一発で規格外たして弾かれるのは十分すぎるほど分かっていました。

自分の30代後半からの思いというのは、この環境の中にいたら茹でガエルになることは必至なので、そうなる前になんとかビジネス戦闘力を上げたい。実務経験を積みたい。対外的に通じる真っ当な事をしたいという切実なる思いがあったのです。

その思いはやがて通じていくのですが、いざ自分が職域開発をして新規的な事をやろうとすると、どうしょうもない一般社会との彼我の差を感じて更に「この環境では無理!」と思いを強くしました。

段々と風当たりも強くなり雲行きも怪しくなってきたので、とにかく「ここではない何処か」へ身を置きたくて、ひたすらネットワーキング活動をしていたと思います。

起業ができればよかったのですが自分にはその才覚はありませんでした。(T_T)

とにかく自分の置かれた環境にひたすらダメだしをしていたのですが、今から考えるともっと丁寧に思い込みを外して見てみたら良かったと思っています。起業とか自分の強みを生かして事を始めるとか、天の一角から光が差して導かれると思って真剣に神社参拝するとか(これは今でも大切な経験と思っていますが)する前によそ見をしないで今を見よという事です。

要するに今現在自分が携わっている仕事の関係性から好機を見出すこと。これができていたら自分は転職はしても仕事内容は変わらずに済んだのではないかと思っています。

本日久々にコンサルの案件依頼が来て、自分はダメダメな経歴&経験と思っていても他者から見れば全く違うのだなという事を改めて感じた次第です。

コンサル登録してからだいぶ経歴変わっているので(失業、その後介護職、異業種で再就職)ハッキリ言って出来かねるのですが、まだまだ働かなくてはならないかもなので自分がしっくり来るポジションにカムバックしたいですね。

忙殺されがちな日常に潜む機会の呼びかけに耳を澄ませて生きる

今年に入ってから父親の在宅介護が始まり長距離通勤&激務と相まって見事に体力と気力を削られています。しかしこのような過酷な日々を送るなかでも胸に去来するのは、「介護の仕事よりはるかマシ」という思いです。

なんとも寂寥感漂う感慨ですが、本当の事です。今から考えると初任者研修からいきなり特養に入ったのが無謀だったと思いますが、本当に良くぞ1年持ったなと思います。

その時の経験が父親の介護で生きているわけですから人生無駄はありませんね。

今の私が夢見るのは早期リタイアです。

できれば現職を辞めて今は家の事を中心にした生活をしたい。両親の介護と子供達、そして子供がいない叔父達の事も考えてあげたい。

自分は家守り墓守のお役目を授かっているようなので、色々な事を整理したいという思いがあります。

全ての事が整理がついたら諸国漫遊?の旅を経て、表現者としての歩みを始めたい。

執筆活動、朗読、講演、絵画、歌🎤、その他なんでも表現に関わることをしたいと思っています。

今年は三元九運の丙午という事で火の象意が大変強く、世情的には国難が予見されていました。

戦争や火災の難の多さそれに伴った経済的な影響など、なかなか穏やかにいかない年だなと多くの方が感じていることでしょう。

しかし個人の運としては今年は、大変重要な年廻りで、色々なことが統合され積んできた徳が露わになる年でもあるので期待しつつ、諦めずに様々な機会の呼びかけに耳を澄ませていきたいと思います。

仕事は案外なんとかなるもの

現職に就いて2年と4カ月が経過しようとしています。おかげさまでダメはダメなりになんとか形を作って継続しています。周囲の誰もがビックリ(゜o゜;するような通勤時間で体力的には堪えているのですが、それでも特養老人ホームでの就業時の過酷さから比較したら全然楽なのです。

良くあの環境で1年持ったなと我ながら関心します。消化不良で少し悔しい思いもあるのですが、肉体的負担と給料水準の低さのため疲弊しまくっていました。シニアミドルで介護職を半ばセーフティネットのような感じで流れついて働いている人達は皆どんな感じなんだろう?と思うときがあります。

あの時感じた絶望感はなんとも言い表し難いです。仕事終わりに近くのセブンイレブンに車をとめてうずくまってましたね。。「終わった。。。自分は終わった。。。」と脳内リフレイン。。。。。

帰りの車のなかで中村雅俊の涙をよく聞いてました。涙 https://share.google/QnZ9lj4cMdJU8LJ1W

その一方で「ここではないどこかへ自分は誘(いざな)われる」という全く根拠のない確信はあったのです。

結果的に知人の紹介で現職に就くことができたのですが葛藤するポイントがあってそれが「都内の運転」でした。

本当にブルーでしたね。運転はできればしたくない。。。でもやらなければならない。。。

 

案の定、自分が車で通るルートはなかなかのテクニカルコースで左折時に一番左のレーンに交差点直前まで寄れない(車が止まっていたりするので)とか

首都高でも難所の一つである大橋のぐるぐるジャンクションのトンネル内で軽トラが転がっている場面を見て戦慄したりとか、最初の頃は1日運転終わると疲労感ハンパなかったです。

 

しかし人間とは慣れるもので今や運転はそれほど嫌だと思わなくなりました。運転に関しては自己完結できる仕事なので楽と言えば楽です。

問題は他者が介在する通常の仕事です。未だに毎日はじめて聞く言葉が出てきますし、ミドルエイジが多い職場環境のためか旧態依然な事の進め方に面食らう事も度々です。

まぁそれでも都内の運転をクリアしたというのは大きかったですね。こういう未来が分かっていたら、今の仕事に就く前にあんなに心配せずに有給消化期間を楽しめば良かったです。