自分2.0へ! 50代からの再挑戦・自己覚醒録

人生のリカバリーショットを放つべく再キャリア構築の旅https://blogmura.com/ranking/in?p_cid=11013598

言行一致率=人生の質のナチュラル度。

何かの本で月に人生はアポロ計画よりも遥かに難しい難事業だという話を読んだことがある。人類を月に送り込むなどと壮大な絵空事と当時は(ケネディ大統領在任時かな?)思われたかもだが、実際にアポロ計画は進み実行された。

やりたい事(月面探査)と言葉と行動と結果が見事に伴ったのである。

しかし人の人生はこうは行かない。そもそも自分が何をしたら良いのかワカラナイ人間は多く。わからないままに右往左往して気がつくと人生の黄昏時を迎えていたという人は多いのではないでしょうか?

私の人生での原初の計画。。立志ともいうべき内容は自身を絵描きにすることでした。今もその想いは燻っています。しかし物事は計画どおりに行きません。「やりたい」事を実行するには物凄い抵抗があり結果として思いと言行が一致しないという狂いが発生しあらぬ方に人生が飛びました。

子どもの頃に勉強ができない子であれば、唯一の取り柄を生かすという諦めも周囲の大人たちは持てたかもしれないのですが下手に勉強ができたりしたものですから迷いを生みました。後は自分自身がどこかで安定志向がありアートの世界で身を滅ぼす事を避けたかったのだと思います。

今考えれば国立大学の教員養成を目的とした芸術系学部(東京学芸大学など)に進学できれば学校の先生になる(公務員)ということで親や親戚は納得したのではと感じます.。

余談ですが親が喜ばない進路選択は結構大変です。良く「芸人には惚れるなよ」と娘を諭す親は多いと思いますが、アート系は残念ながら親の後押しは受けづらいのが現実ではないかと思います。親の後押しがあれば(半分親を騙すような形であっても)結構物事は進みやすいです。

人生様々な体験をしてきましたが、結局は人は本筋からは逃れられないと感じ至り私なりの人生の絵を描いていきたいこの頃です。

アラフィフは世界の片隅で無力化されている。

唯一頭脳が冴えている朝の通勤時間でスマホから記事書いています。なんだかんだで今の会社で就業してから半年が過ぎました。ゴールデンウィークの休み前には部署で飲み会があって、これからもやっていける空気感がなんとなく醸し出されました。皆さんそれぞれ訳アリの中を来ているので本来立場は同じはずなのですが、超忙しすぎることと私が環境にアジャスト出来なかった事もあり

先輩社員が立場上指導的に振る舞わなければならなかったのだろうと解釈しています。

実際は人間関係結構大変でした。。

しかしながら無職アラフィフを経験した身では死ぬ事以外はかすり傷で乗り越えて来ました。理不尽なパワハラで苦しむという事は無かったですが過度のストレスで難聴が進み時たま左耳がズキンと痛むことがあります。

とにかくリラックスする事が大事です。車の運転を伴う仕事なにで、とにかく無理は禁物です。しかしながらバランスを取るのが実に難しい。。。

ただ今の会社に在籍しているメリットとして大きいのは以前の私が在籍していた「反社」ではないということです。故に会社の名刺をあらゆる場で出しやすい。。私のメインテーマでもあるキャリア再構築。人生100年時代のミドルが活躍できる場を探るのに様々な活動ができそうです。

問題は今の生活パターンが寝るか仕事しているかどちらかであること。休日のサウナで汗とともに溜まった邪気を出し切る一時は僥倖と言って良いでしょう。

超現実的な視点から、普遍的に通用するスキルとしては、やはり英語力と感じています。

転職歴が多かろうと英語ができるという切符があれば乗り込める会社はままあります。学歴ロンダリングで大学院に行くより確実性高いのではないでしょうか。あとは万国共通という点では経理の知識で簿記2級くらいは取っておいた方が良いでしょう。

結局、そこいらの自己啓発やコンサルでは自分の置かれた環境を大きく変える事ができないのは皆なんとなくわかっているのです。あくまでも現在地から考えていかねばなりません。

学ぼうという意欲があるという事は、そこの資質があるという事で不足しているのは、ふさわしい場なのですが、残念ながら人は現在地で判断されます。出自と言ってもいいかもしれません。

このどうしようもない、置かれた環境を変えうる力は何か?をまず第一段階として考えてみると良いなと感じた次第です。

 

日々の雑感を綴る

久々の更新です。創作のアイデアというか筆を走らせる意思が少し湧いたのでマーキングの意味で朝の電車内でスマホから入力しています。

今のメインテーマはどう50代を駆け抜けるかという事です。私にとっての50代は人生の中でもかなりの荒波に揉まれた期間できた。それは現在も続いています。できれば平穏無事に65歳の年金が受け取れる日まで生き延びていたい。

年金の限られた受給額の中でどう過ごすかをシュミーれションしている自分がいます。これは数年前には考えられなかったことで自己啓発に浸りきっていた自分は現在地よりもより高い目標を掲げ自分のセルフイメージをそこに合わせて日々を送っていました。でもその行いは現実との乖離を生んでいました。

人生は現実の今ここで自分の幸福を見い出すしかないのです。

サラリーマンに復帰はしたものの片道2時間の長距離通勤と激務で先月は🟢の💩が出ましたし、少し前はメンタルを病み心療内科の受診を検討しました。幸い?土曜日に予約が取れなくて行かずにおります。

こういう生活を送ると寝ているか仕事しているかのどちらかで本を読む余力はありません。スマホYouTubeを少し見るくらいです。休日はひたすら疲労回復にあてられサウナに入って邪念と共に汗を出し切ります。そして休憩室で泥沼に落ちるがごとく寝ています。

とにかく私にとっては職場が高ストレスな事もあり電車内では本を読んだり考え事せずに寝ています。眠くなくても目を閉じています。

こんな時間の過ごし方をしていては、ちっとも幸せではないではないかと思われるかもしれませんが幸せは自分で探すもの。休日はとても愛おしい時間で金曜日の夜の至福感はたまりません。

死なずに生き延びる。今はそれしかありません。

それもこれも資本主義社会の中で楽に生きるにはマネービルドとマネーリテラシーが大切だという初期教育を受けてこなかったので、自ら自覚して学んでいかなければならなかったにですが、それに目を逸らしていた報いを受けています。

自分の分を正しく把握すること。それからどうすべきかを考えること。今はそれだけです。もう少し後で文章書き直すかもしれません。それでは。